あいまいな中央分離帯

トップ > テキスト > 鮮紅の浴室

浴室が鮮紅に染まる。
私はその光景に一瞬だけ感動を覚え、すぐに恐怖した。

──それは、ある夏の日のことだった。

その日も朝から暑かった。
太陽は相変わらず容赦がなく、ここぞとばかりに熱光線を放っていた。
私は夏が嫌いだ。
理由を話すと1時間を軽く超えてしまうので、それはまた別の機会にとっておこう。
今回は、そんな夏の暑さを吹き飛ばすための話をする。
これから話すことは、私の身に実際に起こったことだ。

時刻は午後の10時くらいだっただろうか。
おおいに汗を掻いていた私は、シャワーを浴びるため風呂場へ向かった。
今にして思えば、なにかがおかしかった。
空気……とでもいうのだろうか、なにかムズムズしたものを感じていた。

手早く脱衣をすませて浴室に入ると、いつものように体を洗いにかかる。
別段不思議なことはない。
ただ、この決まり切った動作に、私は少し気を抜いていたのかもしれない。
結果として、その時が来るのを未然に察知できなかったことが悔やまれる。

顔を洗っているときだった。
洗顔料を顔全体に塗りつけるために目を閉じた、つまり最も無防備な状態。
目蓋の部分をよけるようにすれば目を開けていられるだろうが、私はいつもこうだ。
やけに静かだった。
虚ろな意識、暗黒の世界。
突然、その時は訪れた。

鈍い衝撃。
閃光が顔面に突き刺さったかのような感覚。
ワンテンポ遅れながら思考がついてきた。
なにがおこったんだ
状況を確認するため、洗顔料が目に入らないように注意しながら薄目を開けた。

浴室が鮮紅に染まる。
私はその光景に一瞬だけ感動を覚え、すぐに恐怖した。

血。それもおびただしい量だ。
次いで鼻の辺りに激痛を覚える。
急いで浴室に備え付けの鏡を覗くと、大量の鼻血が吹き出していた。
そんな……なぜ?

そして私は気付いた。
自分の両手で、小指だけが真っ赤に染まっているのを。

鼻ほじり論序説
鼻ほじり論序説
posted with amazlet on 06.07.05
ローランド・フリケット 難波 道明
バジリコ (2006/03/08)

トップ > テキスト > 鮮紅の浴室