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重苦しい空気がのしかかる
視線が痛いです。
俺の顔は太陽の光を浴びて熟したトマトのように真っ赤になってるだろう。

 「あの……売ってくださるんですか?」
 「は、はい、もちろんです!」

俺は負けたんだ。
敗軍の将、兵を語らず。
会計でも割礼でもなんでも、従うことにしましょう。

ウィィーン。

バーコードを読んでる最中に自動ドアが開く。
そんな時でも、挨拶は忘れない。
これぞ日本の接客術だ。

 「いらっしゃ――」

瞬間、思考が停止した。

 「HEYバイト君! 今日も元気にUNKOしてるKA! あ、お客様。いっらしゃいませ」
 「……」
 「……は、はは」

笑うしかない。
この店の主、ホワイトタイガー矢野(自称)がやってきたのだ。
というか、なんで俺にだけその口調なんだよ。
彼女もこの変態見て硬直してるし。

 「ん、どうしたの? バイト君、まさかお客さんに手を出してるんじゃないよNE? 奥に連れ込んであんなことやこんな――」

こいつは黙らせる。
俺の中でトマト以外の何かが弾けた。

 「あ、あんな所に哲人仮面白虎26号のフィギュアが!」
 「なんだって!ど、どこにいいぃぃぎょおおおぃっ!!」

ドギャグキッ!

 「きゃっ」

平和のために変態を沈黙させてから、女の子の手を掴んで店を飛び出した。
よく通っている近所の公園まで、一緒に走った。


 「――ふぅ、ここまでくれば安心」
 「……あ、あの」
 「ん? あ、ごめんごめん」

つい、流れで連れてきてしまった。
この子をあの場に置いたままではいけない、と本能で感じ取ったのかも知れない。
実際、あいつは危険人物だし、この子にとって関わっちゃいけない人種だ。

 「あの本屋には近づいちゃいけない。絶対だ」
 「え? で、でも」
 「駄目だ。君のためなんだよ」
 「でも、あそこにしかなかったんです」
 「なかったって、買おうとしてた本のこと?」
 「週間……デラックスAVマガジン、なんですけど」

そこまで必死に欲しがるなんて、どんな本なんだ。
たしかオーディオビジュアルとかいってたな。

 「わかった。ちょっと待ってて」

やつがノビてる今のうちに。


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〈変態〉の時代 講談社現代新書
菅野 聡美
講談社 (2005/11)